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絵を描くのが上手くなりたいなぁ。

と、よく思う。

ところが、私は自分の身体を思うようにコントロールできない。

だから、なかなか自分のイメージを紙に描出することができない。




例えば、ただの「○」を描きたいとして。

頭の中には、寸分の狂いもない、イデアとしての正円が、確かにある。

なのに、何十個の円を描いたとしても、
それを具現化したものは1つもない。


当たり前だと言われそうだけどw

でも、それってつまり、
自分が思い描いているものを正確には描けないということだ。





たった1つの○でさえ、描けない。

前に、コンパス無しで正円に近いものを描こうと頑張ったことがあるけれど、
あれも修正に修正を重ねてようやくそれらしくなっただけだった。






ただ、目の前にある、そのものを写し取りたいだけなのに。


お絵描きツールを使えば
ほぼ無限の色合いが使えるのだし、

ただこの目の前にある色と形を、自分の手で再現してみたいだけなのに。

それがどうにも、上手くいかない。


この色!この角度!この形!

そう思っているのに、具体的な私の手の動きは
何だか「違うもの」を生み出してしまう。











絵を描くのに、言語活動は邪魔なのだそうだ。

確かに、言語は情報をなるべく圧縮した状態で扱うためのツールであって、
故に伝達に必要ない情報を削除する方向のベクトルがはたらく気がする。


「理性」や「思い込み」が、「ただ見る」ことを難しくする、なんて
どこかで聞いた人生訓みたいだけどw



人間像を逆向きに置いて、その輪郭を視写する課題を行なうと、
正位置よりも成績が良いのだそうだ。


正位置の人間像は、あまりに頻繁に触れる刺激なので、
言語的な「抽象化」の回路が賦活しやすく、
それが正確な描写を妨げるのだそうだ。

そう考えると、所謂サヴァン症候群にも納得がいくなぁ。





絵を描いている時は、頭を空っぽに出来る気がするのも、
そういうことなのかもしれないな。


仕事では、というか社会生活では、
言語回路が沸騰しっぱなしだもんね・・・














私は、完全な「○」は描けない。
人より随分時間をかけて、やっとそれらしい「○」が描けるくらい。
だから自分は「向いていない」と思っている。

でも、描くことが好きだし、
できることならもうほんの少し、上手く描けたら良いなぁと思っている。




とはいえ、私には、「○」に殉じることは出来ない。

そんな崇高なことは出来ない、とも言えるし
そんな莫迦なことは出来ない、とも言えるけど。




だから、「描けねーw」と言いながら
これからもずっと描いていくのだろうな、と思う。







きっと、皆それぞれにそれぞれの「○」があるんだろう。

そこに向かう姿勢を、人は「向上心」と呼ぶんだろう。




(私の課題は、その姿勢の維持だなぁ)

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